クレーム畏怖社会と広告表現の危機

クレーム畏怖社会と広告表現の危機

納得しないクレーマーの増加

最近のインターネットニュースや週刊誌の報道から、クレーム畏怖社会の到来を実感しています。「カエルのキャラクターが未成年者の飲酒を助長する」(キリンビール/缶チューハイ「本搾り」)、「つけ鼻と金髪のかつらを用いたCMは人種差別を煽っている」(全

日本空輸/羽田国際線大増便)などのクレームにより、数々のテレビCMが放映中止に追い込まれている現実。さらに、「美味しんぼ」の表現に対してのバッシングが続きます。

では、理不尽なクレームに対して企業は過剰反応しているのでしょうか?

今、誰もが、何を信じて良いのか分からないという不安な時代を生きています。些細な動機により事件が発生する現実が、人々の不安をかきたてて“不満”のガスをためています。

現代社会では、こうした普通の人と犯罪者の間の「ボーダレス化」が進んできました。いわゆる“モンスター”とよばれる人たちもボーダレス化し、一見して普通の人がモンスターに変身することも多く、体感治安が悪化しています。すなわち、誰もがモンスターの理不尽な攻撃にさらされると可能性と同じように、モンスターに変身して

しまう可能性も高まっているのです。そして、皮肉なことに、サービスを提供する側が満足を追求すれば、“満足のハードル”は高くなり、逆に不満が増えることになります。便利な世の中になればなるほど不満を感じる人が増えるという図式は、現代社会の歪みといえるでしょう。満足の期待値が上がり、その一方で怒りの「沸点」はどんどん下がってきます。待てない、満足できない、“便利で豊かな時代”は“我慢できない、やさしさの足りない時代”でもあるのです。

最近は、このような背景からでしょうか、理想・正論を語る社会派(インテリ・プライド)型の“「納得しない」クレーマー”が増えています。「こうあるべきだ!」という錦の御旗を振りかざし、あれこれクレームをつけてきます。対応する側は時間に追われ、何倍もストレスがたまってしまいます。行き過ぎた権利意識と個人主義が、“協調性や思いやり”を絶滅危惧種にしながら拡散しているのです。思い通りにならないのは「企業のせいだ、マスコミのせいだ、社会のせいだ」という“せいだ病”が蔓延して、自分のことは棚に上げ、他者に厳しい人間が増えました。彼らが厄介なのは、些細なきっかけで感情のコントロールが効かなくなり、本能のままに敵意の牙を剥きだしにし、集団で企業(獲物)を襲

うことにあります。

特に最近の苦情の傾向として、電話でのクレームが減少する一方、ネットで気軽に自己主張する傾向が拡大しています。電話は録音体制が進んだことから減少し、匿名で好きなように書き込めるネット環境は勇気も行動力もいらない。背景にあるのは間違いありません。

例えば仕事が終わった金曜日の深夜にテレビを観ながら不満をため、業務のストレスを発散するかのように、ネットを利用して気軽に「社会や企業

の“あるべき姿”を自己主張する」。企業側は顧客満足の精神からクレームを放置できず、週明け月曜から、こうしたネット上の主張に丁寧に答えていく「いたちごっこ」状態にあります。

“クレーム過多による負の連鎖”状態にあるといえます。

ホワイトモンスターの誕生

現状に100%満足している人は、まずいません。多かれ少なかれ、自分の将来について不安を感じていたり、社会や組織、人間関係に不満を抱いていたりするはずです。それが怒りや嫉妬といった負の感情と結びつくと、やがて心のタガが外れてしまうのです。

 “モンスター”という言葉の響きからブラックで凶悪な人を連想するかもしれませんが今、あちこちでみられるモンスターのほとんどが、もともとは善良な一般市民なのです。筆者は、彼らを「ホワイトモンスター」と呼んでいます。

ホワイトモンスターとはインターネットで増殖した腕力の強い「弱者(一般人)のモンスター化」。「自分は一消費者で弱者だが、企業の“あるべき姿”はこうだ」とネットで理想を振りかざす存在です。

こうした“弱者”のホワイトモンスターがインターネットという強力な武器を得て、ネット上で連携し企業側を袋叩きにする。一旦、モンスター化すれば企業をでブラック扱いし、ネットで炎上させる。メーカーに「嘘をついている」「正しい情報を出せ」と必要以上に強く要求する「ホワイトモンスター」が社会を混乱させていると感じます。

自社サイトが攻め込まれたら?

スマートフォン・携帯電話やパソコンはいまや必需品。あらゆる情報を手にできます。すぐに効率的で有利な答えを得ようと情報を集めますが、世の中に“完璧”な答えなどありません。また、インターネットで入念に事前の情報収集を行い、しっかり理論武装してから乗り込んでくるモンスターもいます。対応する側は先手を取られ、窮地に追い込まれます。「会社のホームページを細かくチェックし、重箱の隅をつつくような質問をしてくる。嫌がらせとしか思えない」と、ある企業の総務担当者は嘆いています。

従来は“難癖”的なクレーマーが多く、「ホームページで最高のおもてなしをうたっているが、接客がなっていない!」「社長のメッセージが現場に届いていない!」といった「直接型の対面クレーム」に頭を悩ませていました。

ところが今は、相手の顔が見えません。匿名のネットやSNSでの攻撃に関しては撃退しようとしない、相手の土俵に上がらないことが鉄則です。よりベストな対応は、不満の“ガス抜き”をすること。企業として親身に対応している。できうる限りのことはしていると思わせることが、真摯な企業姿勢となり消費者にも届くことになります。

「ご指摘、ありがとうございます」という姿勢で、企業も消費者も「両得の関係」を目指すのです。

最大手企業が標的になる理由

企業のイメージ戦略の中で最も重要なテレビCMが、インターネットやSNSで苦情の嵐となり「何万倍返し」になる恐怖ははかり知れません。そのリスクが高まることによって、クレーム対応の“現場の悩み”はますます深まっているようです。

一般にマスコミや世論は、企業や行政機関、病院、学校などの「組織」に対して「強者」というレッテルを貼り、ひとたび問題が生じれば一斉にバッシングに走る傾向が強いと言えます。「組織」は社会性や公共性を意識して、どうしても弱腰にならざるをえません。一方、「個人」は“モンスター”と呼べるほど非常識であっても、消費者、視聴者、患者、という「弱者」の立場なのです。こうした社会情勢のなかで、クレーム対応の担当者が置かれている状況はことのほか厳しいといえます。なぜなら、攻撃できるのはクレーマー

で、対応する側は専守防衛しかないからです。

特に最大手企業の寡占化に不満を持つ消費者は多く存在しています。ほとんどの企業は、横並び体質で、行政や消費者と当事者になることを嫌います。

ナンバーワン企業は、好まなくても「当事者にならざるを得ない」状況によるところは大きいと言えます。まず、リーディングカンパニーの動きを確認したうえで会社の方針を決めている企業は数えきれません。

であればこそ、トップカンパニーは「王道を歩む」必要があります。場当

たり的な事無かれ主義や「臭いものにふた」といった調子では、公益通報__制度や、不満を持つ社員からの情報漏えいで大企業といえどもクライシスに

陥る原因になるからです。

企業環境のハイリスク化

これまで述べてきたように、現代社会では、これまで、弱者と言われてきた方が社会的な力を持つようになりました。インターネットとSNSいう万民が自らの意見を気軽に発信できる機械(機会)を得ました。さらにスマホや携帯電話にはカメラと録音機能がついています。対応を間違えると瞬時に奈落の底に落ちてしまいます。クレーム対応が不安なのは、こうした「剛腕弱者、強面消費者」という超ハンディキャップ状態が原因なのです。

相手から暴力をふるわれる恐怖ではありません。失敗して落とし穴に陥り、社会的なバッシングを受けて炎上する恐怖感を持ちながら対応しているのです。

一般に、消費者と対応する側の企業よりも、弱者に世論の支持があります。特にネット環境はこうした傾向が強く、行政機関・監督官庁も弱者保護の原則が働き、圧力を受けるのは企業側になります。このように強烈な逆風の中での業務は、担当者一人で乗り切れるよ

うな安易なものではありません。

危機管理の初めの一歩

では、何から取り組めば良いのでしょうか。危機管理というと、テーマが大きすぎて「何をすればよいのか分からない」と思いがちですが、初めの一歩は“危機を意識すること”から始まります。

私は、危機管理について分かりやすく説明するために、まずは“さしすせそ”の意識を持つことから指導しています。

特に大切なのが、「最悪の状況をイメージし」備えることです。事実、日々様々な事件・事故が発生していますが、過去の事例と似ているものも多く、教訓化していれば防げたケースも多いのです。次に「組織で対応する」こと。従業員を孤立させない。組織的なシステムとして、当たり前のことを当たり前のこととして、確実に実行できる土壌をつくっておくことです。これを現場の危機管理の意識付け、チェックポイントとして有効活用してほしいと思います。事件・トラブルに発展する前に、「早めに対処していれば“犯罪の芽”を摘むことができたはず」と思われることが多いからです。

クレーム社会への対応策は?

今、クレーム対応する企業側はナーバスになり、過敏になってきていると言われています。「大きな問題になる前に過剰に守りに入り過ぎて、企業活動の活力を奪っている」と指摘する人もいます。では、果たして過剰対応と言えるのでしょうか?

リスクだらけの今こそ、平穏な日々(何も起こらない素晴らしさ)を再認識すべきです。幸福の絶対条件は、無差別攻撃に遭わないこと、そして、万一巻き込まれても被害を最小限に抑える“心構え=ダメージコントロール”をしておくことです。

繰り返しになりますが、企業のイメージ戦略の中で最も重要なCMがインターネットやSNSなどにより「何万倍返し」になる恐怖ははかり知れません。ひとたび何かが起きてしまい、これを放置すれば現場のモチベーションは下がり、“ブラック企業”と名指しされるかもしれません。混迷社会の中で負の連鎖が始まるのです。標的となる担当者は、いわばア

ウェーの環境にいるのです。クレームを受ける現場こそ武器もなく撃退もできない弱者と言わざるをえません。こうした状況は、今後ますます深刻化するでしょう。なぜなら、インターネット環境が身近になることで、「ネットモンスター」が増えたように、社会の

変化に乗じた新たな“タイプ”のモンスターが続々と誕生するからです。

それは、対応する企業にとっては、わずかなミスも許さない“受難の時代”の到来なのです。こうした“混迷の時代”においては大きな問題になる前の対応、火事になる前の“初期消火”こそが重要になるのです。